その日は本年度の教諭の「業務成績」が手渡される日であった。

業務成績とはその教諭が学校で

どの程度、教諭として児童や保護者と関係を築き、子どもの学力を上げて、楽しく、明るい学級を形成できたか

どの程度、同職員と連携をとって事業を行うことができたのか

どの程度、自分の仕事に責任を持って取り組むことができたのか等々について、総合的に評価する指標である。

結果私は「C」評価であった。

C評価とは、学級担任としての通常業務を正しく行うには未だ技量が不足しているという状態のことを示す。

教師として、私には必要最低限の技量が不足していた、ということである。

もう直ぐで仕事を勤め始めてから1年になるが、学校から頂いた評価に対して、

これまでの経緯から「やっぱりな」と諦観を決め込む私と「下手に評価されなくて、よかった」と安堵している私がいた。

下手に評価をされてしまうと現実の中に不恰好な希望を見出してしまう自分が出てきてしまう。

不恰好な希望が見えて、その希望にしがみついてみようとしてしまう自分が出てきてしまうことがわかっていた。

だから、現状の自己認知は間違っていないのだということを他者評価を通じて確認したかったということもある。

「その評価」は自分の中でも、他者の中でも間違ってはいなかった。

だから、その評価によって自分は諦めをつけることができた。

校長室で、別の進路へ進むことを考えていることを校長先生と教頭先生に伝えた。

「なんでそれをもう少し早く伝えてくれなかったのか」「もう少し頑張った方がいいんじゃないのか」なんて

ぶっきらぼうな返答が返ってくるのではないかと緊張していたが、返ってきた言葉は意外にも柔らかかった。

「つらかっただろうね」「今まで大変だっただろう」と校長先生からは同情の言葉をもらった。

「君の強みは辛抱強さと、不器用だけれど人が応援したくなるところだよ」と教頭先生からは伝えていただいた。

結果として、校長先生と教頭先生は私の決断を受け入れてくださり、辞職に関して管理職の許可は降りた。

けれど、この決断を自分で一人勝手に進めるわけにもいけない。

両親からの了承を得ることが、退職することの条件だった。

そして、校長室から職員室に戻り、明日の授業準備等を済ました後、時計はすでに19時をまわっていた。

まだ残っている業務があったが、明日に先延ばしにして帰路に着いた。

両親には何て伝えるべきだろうか、私はこの「教師」という仕事を続けるべきだろうか、

それとも全く別の人生を歩んでもいいものか…

さまざまな憶測、考えが自分の頭の中を駆け回っていた。

その時、目の前に赤いものが映ったかと思うと、強い衝撃が腹部を襲った。

道路を横切ろうとしていた前の車と衝突し、事故を起こしてしまった。